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東京都墨田区の歴史
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所在地 墨田区東向島3丁目・堤通1丁目境

  旧墨堤の道
 隅田川の自然堤防沿いに桜の木が植えられたのは寛文年間(1661~1673)。徳川将軍家の休息所であった隅田川御殿(現堤通2丁目、都立東白鬚公園辺り)から白鬚神社の北側辺りまででした。江戸時代中期には8代将軍徳川吉宗が護岸強化と憩いの場づくりのために堤と並木の南端を言問橋の架かる辺り(現向島2丁目、言問通り)まで延ばして人々に地固めをさせました。以来、堤は多くの江戸市民でにぎわう花見の名所、憩いの場所へとなっていきました。道幅は広く、道の両側には、見事な桜の並木が続いていました。
 白鬚神社脇から地蔵堂へと続く湾曲した道は、今は姿をけしてしまった、旧墨堤の名残りです。春は花見、正月は七福神めぐりの人々で特ににぎわいました。
 関東大震災や東京大空襲などの復興事業を契機に墨堤通りは湾曲した道から直線道路へ、土の道から舗装道路へと整備されました。現在、旧墨堤の面影を見ることができるのは、この場所と「墨堤植桜之碑」(向島5丁目4番先)近くの湾曲部の2ヶ所だけとなっています。
 平成21年(2009)3月  墨田区教育委員会




                      明治時代の墨堤の茶屋(緑図書館所蔵)


   明治時代の白鬚神社前の桜(緑図書館所蔵)

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