忍者ブログ
東京都墨田区の歴史
[248] [249] [250] [251] [252] [253] [254] [255] [256] [257] [258]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。



所在地 墨田区千歳2-1-16 (要津寺)

 中野撝謙墓
 要津寺は、下総関宿藩七万三千石の初代藩主牧野成貞(致仕号大夢)が、その下屋敷であったこの地に、元禄4年(1691)に再興した臨済宗妙心寺派の寺院である。
 中野撝謙は、寛文7年(1667)8月6日長崎生まれた。名は継善、字は完翁、善助と称し、撝謙は別号である。母は大原氏で、書家の林道栄の妻と姉妹であった。幼くして父を失い、母ととともに林道栄方に身を寄せていた。道栄は自ら撝謙を養い教育を授けたため、よく林氏の神童と称された。19歳で江戸に出て朱子学を学び、神田雉子町で私塾を開いた。元禄の頃、関宿藩の儒官となり、貞享5年(1688)以降将軍綱吉の藩邸御成りに際しては、経書の講義を仰せ付けられた。このため諸侯や貴人に従学するもの多く、安藤東野、太宰春台なども門人のひとりであった。享保5年(1720)7月23日54歳で死去し、牧野家の菩提寺である要津寺に葬られた。墓石は長男行充によって建立されたもので、「撝謙中野先生之墓」とあり、碑文は太宰春台の撰文によるものである。
 平成13年(2001)3月31日設置 東京都教育委員会
PR

コメント


コメントフォーム
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
  Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字


忍者ブログ [PR]
カウンター
現在の閲覧者数
サイト内検索
アクセス解析
プロフィール
HN:
歴史を未来に伝える。
HP:
性別:
男性