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東京都墨田区の歴史
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所在地 墨田区千歳2-1-16 (要津寺)

 中野撝謙墓
 要津寺は、下総関宿藩七万三千石の初代藩主牧野成貞(致仕号大夢)が、その下屋敷であったこの地に、元禄4年(1691)に再興した臨済宗妙心寺派の寺院である。
 中野撝謙は、寛文7年(1667)8月6日長崎生まれた。名は継善、字は完翁、善助と称し、撝謙は別号である。母は大原氏で、書家の林道栄の妻と姉妹であった。幼くして父を失い、母ととともに林道栄方に身を寄せていた。道栄は自ら撝謙を養い教育を授けたため、よく林氏の神童と称された。19歳で江戸に出て朱子学を学び、神田雉子町で私塾を開いた。元禄の頃、関宿藩の儒官となり、貞享5年(1688)以降将軍綱吉の藩邸御成りに際しては、経書の講義を仰せ付けられた。このため諸侯や貴人に従学するもの多く、安藤東野、太宰春台なども門人のひとりであった。享保5年(1720)7月23日54歳で死去し、牧野家の菩提寺である要津寺に葬られた。墓石は長男行充によって建立されたもので、「撝謙中野先生之墓」とあり、碑文は太宰春台の撰文によるものである。
 平成13年(2001)3月31日設置 東京都教育委員会
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