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東京都墨田区の歴史
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所在地 墨田区太平1-26-16 (法恩寺)

  太田道灌家供養塔



 太田道灌公は室町時代の武将で、永享4年(1432)関東官領扇ヶ谷上杉氏の執事姿清の子として相模に生まれました。歌人として、万里集九との交遊も知られています。幼名を鶴千代麿、源六郎と称し、成人してからは、持資(もちすけ)、資長(つけなが)と改め、備中守正五位下までのぼり、剃髪して道灌と号しました。道灌は、扇ヶ谷上杉定正に仕え、文武両道を修め、康正2年(1456)江戸城を築きここを居城としました。彼は、築城にかけても名手で、河越、岩槻の二城も築きました。また、足軽の用い方にもすぐれていたといわれます。文明18年(1486)主君定正は、太田道灌の名声をねたんだ他の家臣たちにそそのおかされて、相模糟屋の自邸に太田道灌を誘い出し、謀殺しました。享年55歳でした。
 この法恩寺はもと江戸平河町にあり、太田道灌が江戸築城のとき建立したものといわれ、太田道灌とゆかりが深く、子孫によって供養塔が築かれました。
 平成18年3月  墨田区教育委員会


 
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