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東京都墨田区の歴史
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所在地 墨田区千歳1-8-2 (江島杉山神社)

 即明庵由来碑
管鍼術之祖杉山和一師深く江之島弁財天を信じ将軍綱吉之侍■に■り元禄6年(1693)当所に町屋敷二千七百坪を賜ふ乃ち社地九百八拾九坪に弁財天社を経つ検校の没後直に門弟恩師之霊牌所として即明庵を社側に建つ残余の千七百余坪即ち杉山屋敷なり後惣録後役所鍼治稽古所を此処に移す明治以後十歳町と呼称す明治維新の際盲官廃止弁財天社地以外没収され神佛分離の際之を江島神社と称す明治7年(1874)7月村社に列す明治23年(1890)当流同門の徒温知舎を興し明治4年(1871)廃絶せり杉山報山検校の霊牌所即明庵を再興杉山神社と称す明治35年(1902)5月杉山報恩講を興し祭典法要を営むも関東大震災に遇ひ烏有に帰す大正15年(1926)9月18日拝敞奥殿合計八坪五合の杉山神社再建す昭和5年(1930)9月26日許可財団法人杉山検校遺徳顕彰会を設立杉山報恩講の事業の継承をす昭和20年(1945)戦禍の為盡く灰燼に帰するに依は関係者と謀り杉山神社奉祀の検校の霊牌を本社に合祀昭和27年(1952 )9月江島杉山神社と改称し再興なる昭和34年(1959)財団設立30周年に当り■勒寺乃在墓碑の移築新修並に当所検校の頌徳碑の復旧完成す昭和39年(1964)11月安永5年(1776)建設の岩屋破損に就き関係者と協力之が修復を終る此に於て一應復旧するも唯即明庵(杉山神社)跡後世に所在の不明を■れ此処に石碑を建て明記し尚其の再建を期す者矣
 昭和40年(1965)5月18日建之
 財団法人杉山検校遺徳顕彰会
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