忍者ブログ
東京都墨田区の歴史
[18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。



所在地 墨田区横網2-3-25 (横網町公園)

大正12年(1923)9月1日午前11時58分に発生した関東大震災の被害は、死者及び行方不明者10万6千人余、負傷者5万2千人余、家屋の損害は69万4千戸余にも達した。ことに家屋の密集した東京の下町では、地震後発生した大火災による猛火、熱風により、諸々の建築物はもちろん多くの人々が焼死し、その光景はさながら地獄絵の如く惨たんたるものであった。
当「震災記念屋外ギャラリー」は、その震災による被災品を展示することにより、過去におきたその惨劇を後世に伝え、二度と同じような不幸がおこらないことを深く願って建造されたものである。

東京都


The Great Earthquake which occurred in the Kanto region on September 1,1923,brought unprecedented damage mostly to the cities of Tokyo and Yokohama as well as other places.Especially in congested down town (Shita-machi)housing areas,the Sumida rever was buried with many corpses.  co bcorpses.    
The Yokoami Open  Gallery was constructed in the hope that such a desaster should never be repeated and to make future generations aware of this tragedy by displaying fragments and remains of the damage.


  復興記念館案内
 本館は、東京震災事業協会が、大正12年(1923)9月1日に発生した関東大震災の惨事を永く後世に伝え、官民協力して首都東京を前にも増して、復興させた当時の大事業を、永久に記念するため、震災記念堂(現慰霊堂)の附帯施設として建設されたもので、二階建総面積一、176.9平方米で昭和5年(1930)9月に起工し、昭和6年(1931)4月竣工、同昭和6年(1931)8月末日東京市に寄贈されたものである。
 館内には遭難者の遺品、被害品及び絵画、写真等をはじめ、復興事業に関する諸資料を保存展示するとともに、あらたに戦災関係と、一部宮城県沖地震の資料を加えて陳列し、広く一般に災害予防に関する知識を普及するために開館されている。

PR

コメント


コメントフォーム
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
  Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字


トラックバック
この記事にトラックバックする:


忍者ブログ [PR]
カウンター
現在の閲覧者数
サイト内検索
アクセス解析
プロフィール
HN:
歴史を未来に伝える。
HP:
性別:
男性